発達障害

白黒思考を抱きやすい自分への考察と対策について

発達障害を抱えていると、白黒思考に陥りやすいと言われている。

物事に対して、正しいか悪いかの両極端で判断してしまう、いわゆる認知の歪み。

自分のことを振り返ってみると、大学生の初めくらいまで、この傾向は強かった。

自分の考えを否定されると人格まで否定されているように思えてたり。自分の行為を褒められると人格まで褒められているように思えたり。

ひとつが悪いと全てダメ、ひとつがいいと全てイイと判断することがよくあった。

木を見て、森を見ず。ひとつの木が腐っていたり、立派だったりしても、森の評価にはつながらないのだけど、木の状態だけで森の状態を判断していた。

まあ、いまも気をつけてはいるものの、メンタルの状態が悪かったり、疲れていたりすると陥ることはある、いや、よくある。

大体のことは良くも悪くもないことが大半なので、10分くらいひとりになってクールダウンすれば問題ないけど、変な判断をしやすいというのは心に留めている。

「白黒思考が何で起こるのかな?」

医学的には分からないが、

①幼少期に認められず、自己肯定感が育ちにくかったこと、

②とにかく感情に支配されやすいこと、

③物事の側面だけを見て反芻思考に囚われてしまう、

と思っている。これもあくまで自分の場合ではあるけども。

①自己肯定感について。

自分の場合、自己肯定感はそんなにないものの、自己否定感もそんなにない。

「俺はすばらしい人間だ!!」とは思わないけど、「俺はどうしようもなく駄目な人間」だとも思わらないの。

もちろん社会的な評価としてはポンコツかもしれないけど、そういう評価になる社会の方が悪いと思っている節がある。

「俺じゃなく、世間が俺に合わせろよ」という傲慢な考えも持っているので、すべて自分が悪いとは思わない。たぶん自己愛があるのだと思う。

まあ世間には認められないという認識があるので、なんというか変なバイアスがかかってしまうことはあるけども。

②とにかく感情に支配されやすいということ

自分の場合、この影響が大きい。

冷静なときや相手を説得するときなんかはメリットデメリットを比較して、冷静に論理的になれるけど、自分のことになるとそうはいかない。

どうしても好き・嫌いに支配されがちなのだ。

よく分からないうちに好き嫌いがねじれて、好き=正しい、嫌い=正しくない、と判断しがちになる。(あくまで自分の場合)

自分の場合、物事の判断するにあたって、好きか嫌いかをまず考えて、その後に世間、データ、相手の視点に立って、どうなのか考えるようにしている。

だいたいは、ある側面からみれば正しい、ある側面から見れば正しくないことがわかるので、白黒思考から抜け出すことができる。

マジで比較が大事。

それは昔の自分だったり、他の人だったりするけど、いまの状況だけで判断するのは危険だなと思っている。

まあ、僕もそうだけど、ADHDはハイテンション、ローテンションのどちらかに振れていることも多いので、感情への対処はむずかしいなあと感じる。

③物事の側面だけを見て反芻思考に囚われてしまう

これはASD傾向のひとつとは思うし、②とも関係していると思う。

否定された、肯定されたという結果に注意が固着してしまって、頭の中で、否定・肯定の感情が反芻されることで、白黒思考に陥りやすくなっていると思う。

これは特性なので対処のしようがない。数時間クールダウンして、反芻思考から離れる以外ない。

ということで。

自分の白黒思考というか、認知の歪みについて考えてみた。

ここらへんも自分で気づくことができれば、抜け出すことができるようになる気がする。

昔よりはマシになってきたので、もうすこしどうにかできればなあと思っている。

ABOUT ME
たんぺい
ぐんま在住。30代。 「日常をちょっとだけ楽しむ」をモットーにブログを書いています。 ブログのメインテーマ:ぐんま、雑記、発達障害、サウナなど

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