発達障害

ADHDにとって、育児・家庭生活はきついのではないかという話

これは人にもよるのだろうけど、新しいことが好きで、自分の好きなように動きたいタイプのADHDにとって家庭生活、いや、育児を含めた家庭生活はかなりきついのではないかと思う。

ADHDにとって、生活全般が苦手なわけで、興味のない手続きだったり、片付けだったり、整理だったり、人によっては食事だったり、毎日安定して動くことはむずかしい。

もちろん全員が全員そういうわけではないし、「生活が大好きだ」ってタイプ、「誰かに尽くすのが好きだし、得意だ」ってタイプ、能力が高くて「力技でどうにかする!!」ってタイプは別だけど、まあまあの人が生活に苦手意識を抱えているのではないかと思う。生活が苦手な人にとって、家庭生活はきついはずだ。

いや、主語が大きすぎるな。

あくまで僕にとって、家庭生活はかなりきつい。

とくに子どもが産まれて、保育園に入ってからは、どうしようもないレベルだ。

うちは共働きなので家事・育児を分担しないといけないのだけど、妻の方に負担は寄っていてもきついのだ。

まず、保育園の送迎。

僕は朝に連れて行く担当なのだけど、ご飯を作って、起こして、食べさせるという行為、れがどん臭い自分にとって、かなりストレスがかかる。

自分は早く動けないし、子どもは時間通りに動かない。

自分の時間の流れる感覚も緩いから、常に時計を気にしないといけないのだけど、これが地味にストレスになる。

子どもを見つつ、時計を意識しつつ、片づけと自分の準備もするということに均等に注意を分配して、必要に応じてやることの注意を頻繁に切り替えないといけない。

注意機能の弱い、マルチタスクのできない、ADHDにとって、朝の育児の時間は厄介すぎるのだ。仕事よりも、精神的に負荷がかかって、イライラする事になる。

もちろんイライラを子どもにぶつけるわけには行かないので、自分の中にため込むことになるのだけど、これのダメージが大きい。

僕の場合、動けないけどことばにできるタイプなので、理屈で自分を納得させて内にため込んでいるけど、もし逆の場合–動けるけどことばにするのが苦手なタイプ–だったら、感情が爆発してしまうんじゃないかとも思う。

しかも、ここに自分の不注意特性がかさなって、子どもを抱っこして、車に連れていくときに、靴やカバンを忘れてしまったり、保育園で渡さないといけないお金を忘れてしまったりする。

これもどれだけ注意しても治らない。

会社に行く前から、ショックが大きくて、メンタルがボロボロになる。

次に、仕事に対して、より安定的に取り組まないといけないようになったことも、ダメージが大きい。

僕はADHDなので、仕事はやる気が降りてきたときにしか、一気にできない。

前もって段取りを組んでやれる仕事もあるけど、とくに書類仕事ができない。

営業職なので、他部署への依頼書を書くことが多いのだけど、ギリギリまで先延ばしにしながら、つい外回りに行ってしまうし、他の書類仕事もあと回しにしてしまう。

で、やる時はためるだけためて、「もうあとがないぞ」というタイミングで、1日、事務所にこもって、夜おそくまでこなすように仕事をしていた。ブーストをかけて、一気にやるというやり方だ。

これも、普通だったら、不要な外回りを削ったりして、毎日、1時間ずつ取り組めば、そんなに残業しなくてもすむのだけど、どうしても、どんなに努力しても僕は安定的に取り組めなかった。

実行機能の障害としか言いようがない。

なぜ仕事をためて一気にやる方法がなぜ家庭に影響するかというと、育児は毎日発生するかからです。

毎日安定して、ご飯を作る、風呂に入る、ゴミ捨てをする、絵本を読む、相手をしないといけない。いつ熱を出すか分からないので、どこかで予期しない休みも発生する。

安定して家庭に帰って、家事や育児にとりくまないとパートナーの負担になって、申し訳なくなるし、パートナーもイライラする。

パートナーがイライラすると、自分もその雰囲気を感じとって、申し訳なさと「イライラすんなよ」というモヤモヤの混じった感情が出てきしまう。

そして、自分が悪いのに、そんな感情が出てしまうことに気づいて、さらに気持ちがとても沈む。メンタルへの、ダメージが大きい。

あと、どんなにおそく帰ったとしても、次の朝は5時30分に起きて、準備をしないといけないから、ロングスリーパーの自分にとっては、これもきつい。

自分にとっての眠気の凄まじさは、以下の記事に書いたように障害レベルなので、これまたダメージが大きい。

いつも眠いのはADHDのせいだったという話眠いということに悩まされ続けている。8時間寝ても、お昼にはまた眠くなる。日中の会議も眠くなる。 寝ても寝ても眠い理由が分からず、「...

しかも子どもも発達特性があるのか、夜に泣き出すことが多くて、それで自分も目が覚めたりするし、そもそも僕も寝ても途中で目が覚めることが多い体質なので、この2つが重なると地獄でしかない。

仕事の効率は悪くなるし、ミスも増えるし、抑うつ状態も出てくる。

だから、家庭生活で育児をやるには、段取りよく、仕事に取り組んで、いわゆる生産性向上に努めないといけない。

もう無理としか言いようがない。

とどめは、休みの日。

子どもが生まれる前までは、死人のように眠って、疲れをとっていたのだけど、それもできない。

いつも朝は目覚めるし、一緒に遊ばないといけない。

外で遊んでるときは目を離せないけど、自分は視る力が弱いので、予測不能な動きをする子どもを見ているのも苦労するし、家で遊んでいるときに小さいおもちゃがたくさん散らかっていくのを見ると、脳みそが情報を処理しきれず、息が詰まったように苦しくなる。

「おもちゃを探して」と言われるけど、そもそも小さいものは僕の場合なかなか視界に入らないので、かなりきつい。

もちろん妻と交代で休みは取るようにしている。場合によっては、1日単位で変わることもある。

健常者の妻は体力があってどうにかなっている。

ただ育児という自分のADHD特性とマッチしない苦手なことをやっているのと体力がないのと疲れやすいのもあって、自分はどうにもならない。

そして時間がなくなり、自分の好奇心を満たせるものもなくなっていく。

好奇心を満たすのって、自分にとって生命線のようなもので、どこかに行く、誰か新しい人に会う、本を読むみたいなことをして、生きている実感を抱いていたのだけど、そういうのもできない。

なんというか、生きている意味がないように感じてくるのだ。

子どもはかわいいし、うれしいことも、たのしいことも多いのだけど、それ以上にこのまま消えてしまいたいと思うことの方が多い。

産まれてから3年くらいなら、楽しさや目新しさもあってどうにかなるけど、それ以上は、やっぱりきついものがある。ぶっちゃけ、子どもがかわいいだけでは乗り切れない。

自分で命を絶つのは痛いから嫌だけど、なんの痛みもなく命を絶てる薬が目の前にあったら、飲んでいると思う。それくらいに、苦しい。

で、そんなことを考えているうちに、適応障害になって、動けなくなった。

これのなにが問題かって、妻をふくめて他の人はちゃんとできてるんですよね。なにも病んでいない。

僕の友人も育児分担できてるし、妻も疲れたとしても消えたいとまでは思わない。

しかも自分の場合、妻の実家の近くなので、妻の実家の援護ももらいやすい。

職場も、自分にとってはカッチリしすぎていて合わないけど、世間的に見たらそんなに悪い会社でもない。コロナによる1回目の緊急事態宣言で保育園が休みになったときは、有給とは別に育児休暇ももらえた。

他の人よりも恵まれた状況にいるのに、それでも、自分にとって育児は、キツくてどうしようもない。不甲斐ないし、悲しい気持ちになる。

家庭も仕事もどう折り合いをつければいいのか、いまだに答えは出ない。

ワンオペでやっている方からすると「甘えるな」という話になるが、それでも自分の能力と特性ではどうしようもない。

昔のADHDはどうやって、家庭を維持していたのか、本当に不思議である。

ABOUT ME
たんぺい
ぐんま在住。30代。 「日常をちょっとだけ楽しむ」をモットーにブログを書いています。 ブログのメインテーマ:ぐんま、雑記、発達障害、サウナなど

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