発達障害

「新しいことを知りたい」という欲求は、ADHD特性も大きいと思った

自分の気になったことを調べるのが好きだ。

発達障害のことに限らず、趣味の食べることでも、サウナのことでも、歴史でも、気になったことは調べたくなる。

できれば、論文や1次情報にあたりたい。

でも、それは検索スキルも足りないし、自分の前提知識もないし、時間の兼ね合いもあって難しいので、だいたい本を数冊読んで、なんとなく理解して止まることになる。

で、ある日、このことを友人に話したところ、「本を読むとしても同じテーマの本は何冊も読まないし、そもそもインターネット見て、ふーんで終わる」と言われた。

たしかに。

自分は学者でもないし、リサーチャーでもないのに、すぐ調べようとするのか、ちょっと疑問に思った。

調べたところで、仕事にも直結しないし、趣味にもならない。

というか、仕事中や家庭でもスイッチが入ることがあって、生活に支障が出ることがある。

ちょっと考えてみて思ったのは、分からないことがわかった瞬間、新しい知識が繋がった瞬間が気持ちいいからだ。

自分なりの理解が得られたとき、なんというか、脳みそに電流が走って、いつも脳みそを覆っているモヤが晴れるような快感がある。

早い話、シャッキリするのだ。

だから、その快感を求めて、調べだすと止まらなくなってしまうのだと思う。

で、最近思ったのだけど、この知識中毒みたいな症状、おそらくADHDの特性が影響している。

新しいことを学ぶと脳はドーパミンを放出する。それだけではない。ドーパミンのおかげで人間はもっと詳しく学びたいと思うのだ。

脳は単に新しい情報だけど欲しいわけではない。新しい環境や出来事といったニュースも欲しがる。脳には新しいことだけに反応してドーパミンを産生する細胞があり、よく知るもの、たとえば「自分の家の前の道」といったものには反応しない。ところが、知らない顔のような新しいものを見ると、その細胞が一気に作動する。感情的になるようなものを見た場合も同じだ。


ドーパミンが足りないのが、ADHDである。

そのドーパミン不足を補うために、薬を飲んだり、人によっては運動したり、嗜好品にはまったりする。

ただ、自分の場合、運動は苦手だし、嗜好品もアルコールはには弱くて、喘息を持っているからニコチンもダメで、依存しがちなのが糖分とカフェインだ。

おそらく糖分とカフェインだけで足りない時に、不安な脳がドーパミンを求めて、新しい情報を得ようと僕を動かしている気がする。

しかも僕は頭の理解が遅いので、時間だけが吸われていく。

こう考えると、僕は1種の知識依存症ではなかろうか。

① 新しい情報を求める

② 睡眠や生活をほっぽりだして、ネットや本で知識を得ようとしてしまう。

③ 新しいことを知れてドーパミンが出てシャッキとする。

④ ドーパミンが出た状態を普通と脳が錯覚し、抑うつ状態になる。(また①に戻る)

完全に、薬物依存と同じサイクルだ。

もっと頭がよかったり、動ける人間だったらよかったけど、残念ながら僕はそうではない。

しかも身につけた知識は、仕事に関係ないので役に立たない。しばらくすると忘れるし。

深く理解できない、身にもつかない。分かるまでの鬱々とした時間も長い。

中途半端な知識がついて、誰とも話が合わなくなる

自分にとって、脳に突き動かされ、知識を求める行為は、デメリットも大きい。

できれば、他の趣味を作って、調べることに取りつかれないように、ほどよい距離感を持ってやっていきたい。

なんというかADHDって、脳に突き動かされる生き物なんだなと思う。

ABOUT ME
たんぺい
ぐんま在住。30代。 「日常をちょっとだけ楽しむ」をモットーにブログを書いています。 ブログのメインテーマ:ぐんま、雑記、発達障害、サウナなど

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