発達障害

皮膚むしり症と適応障害を振り返って、ストレス耐性が低いと気づいた話

発達障害をかかえている人は、ストレス耐性が低いと言われている。

発達障害者は一般にストレスに対する体制や抵抗力が極めて弱いため、とびきりの心配性でつよい不安感に囚われやすいのが特徴です。

不安にはさまざまなものがありますが、彼らは特に、

①人間関係に必要以上に不安や緊張を抱きやすい「対人不安」

②病気のことを心配しやすい「心気不安」

③親や友人、パートナーなどに依存しやすく自立できない「分離不安」

④なんでも完璧にしないと気がすまない「分離不安」

などの傾向が顕著です。最近は、自分の顔や臭いなどを必要以上に気にする「醜形恐怖」や「自己臭恐怖」に陥る人も増えています。

ストレス耐性の低さを背景とするこうした強い不安感は、ちょっとしたことで感情の不安定につながり、すぐにキレたり、メソメソ落ち込んだりします。

 

僕自身のことを振り返ると、いつもよく分からない不安感みたいなのは頭にある。

ただ、それを表に出すことはあまりないし、失敗しても激しく気落ちせずに反省できるタイプと思っているので、おそらくストレス耐性は高い。

……と思っていたのだけど。

実家を出る前のできごと、家族を持ってから適応障害になったことを振り返ってみると、「いや、そうじゃねーな」ということに気づいた。

ただ表に出さないだけで、自分の中に負のエネルギーをため込みがちな、ストレス耐性の低い人間だった。

ちょっと振り返っていこうと思う。

小学4年生から高校卒業まで、皮膚むしり症だった

すっかり忘れていたけど、かつて、僕は皮膚むしり症だった。

皮膚むしり症というのは、自分の皮膚をむしることをやめられない精神疾患のことだ。ストレスが原因で発症することが多い。

ちなみに人口の1.4%に見られて、発症者の3分の2が女性らしい。

僕の場合、この皮膚むしり症に小学校4年生くらいの時になった。

自分の症状としては、爪で手の皮膚をむしったり、コンパスの針を指やかかとの皮膚に刺してむしったりしていて、それをやめたくてもやめられないという状況だった。

なんで、これをやっていたかと言うと、どうしようもない不安に耐えられなくなったとき、皮膚をはがす作業に入ると、不安がやわらぎ、皮膚をはがせた瞬間、よく分からない達成感とともによろこびが感じられて、気持ちよかったからだ。

これは、リストカットする人の心情と似ているのかもしれない。

発達障害をかかえているライターの姫野 桂さんは、自身のエッセイの中で、リストカットのことをこう語っている。

それからというもの、私も学校や親のことでイライラするたびにカッターで左手首を切るようになった。Nちゃんの言うとおり、確かにスカッとする。そしてジンジンとした痛みが襲ってきて気持ちが良い。

どうしようもないストレスから逃れるために、自分の身体を使う。

リストカットと皮膚むしりは、異なる現象だけど、根っことなる原因は同じなんだと思う。

「そもそも僕にとっての、ストレス源はなんだったのか?」

こう考えたときに思い浮かぶのが、学校と家庭の両方だ。どちらも、うまくいってなかった。

まずは学校。

小学校3年生のときにはじめての転校を経験して、そこから2年くらい、人間関係をうまく築けなかった。

休み時間時話す人はいたけど、体育で組む人もいなかったし、放課後に遊ぶ人もいなかった。たまに遊んでくれる人もいたけど、自分がワガママだったせいもあり、遊ぶ関係が続く人はいなかった。

そして勉強。

もともと視る力が弱くて、手先が不器用ということもあり、ノートをうまく取れずに怒られていくうちにだんだんと授業が嫌になって、勉強がまったくできなくなった。

運動神経もないので、体育もできなかった。

人間関係、勉強、体育の3点セットが駄目で、いじめられはしなかったものの、学校に居場所はなかった。

そして家庭。

毒親というほどではないものの、父は厳しかった。

学歴コンプレックスを抱えていることもあって、テストで悪い点数を取るたびに、

「俺が小学校の頃は、もっとできたぞ。なんでできないんだ!!」

「勉強できなかったら、就職できなくて死ぬぞ!」

「お前のためを思って言っているんだ。こんなんじゃ社会で通用しない!」

というようなことを言われてきた。

母親からは勉強のことは言われなかったけど生活面で、

「なんで忘れものばかりするの?先生に注意受けたからしっかりして」

「なんでプリント無くすんの?」

「なんで友達と遊ばないの?」

というようなことを言われてきた。

うーん、小学生の頃に親から肯定された記憶がまったくない。

嫌な記憶すぎて、すっかり忘れてた。

そりゃあ精神も病むわ。

気づかなかっただけで、小学校の僕は適応障害だったんじゃないか。

子供にとって世界のすべてである学校と家庭がダメだったら、どうしようもない。

ADHDを持っている子どもを育てるのは大変だし、僕が子どもの時にADHDは知れ渡っていなかったのは理解できるから、いまさら責める気はないのだけど、子どもって親からの承認が1番欲しいものなので、たまには褒めて欲しかったなと思う。

僕の場合、トラウマになっていなくて、過去になった今だからこうやって他人事のように言えるけど、当時はキツかった。

高校に入る頃には自分も勉強ができるようになったこともあり、「学歴が人間のすべて」と考える父からの干渉は減って、皮膚むしりも徐々に改善していった記憶がある。

で、大学でひとり暮らしをしているうちに、皮膚むしりはいつの間にか治っていた。

ただ、これは自分の能力と環境がうまく噛み合っただけなんだよなあ。

自分が勉強できるようになったこと、父親が学歴コンプレックスだったこと、暴力はそこまでなかったこと、実家がお金に困ってなかったこと、これらがうまく噛み合って、実家から離れることができただけ。

ひとつでも欠けて実家から離れられなかったら、のうのうとブログなんて書いていられないと思う。

子どもが産まれて、適応障害になったからこそ

そして、いま。

子どもの頃のつまづきなど忘れて、ストレス耐性が高いと勘違いしていた自分は、家庭の育児と仕事の両方でつまづいた時に耐える方向に舵を切って、適応障害になってしまった。

ここまで振り返って思ったのが、たぶん自分の場合、できないことから逃げられない環境だと、ストレスをため込んで病んでしまうということ。

小学校の頃は、学校と家庭がすべてだったし、適応障害になった時は転職したばっかの職場、共働きでの育児があって、逃げられない状況だった。自分の中に感情をため込むうちに、決壊して、メンタルダウンしたのだった。

結局、僕は普通の人と比べると僕のメンタル耐性は高くない。

ただ、環境をどうにかすれば生きていくことができそうな気もする。

皮膚むしり症も実家から出れば治った。今度は家庭から出るわけにはいかないけど、仕事は変えられる。

自分の能力の低さ、体力のなさ、メンタルゲージの低さ、ここら辺を客観的に見た上で、仕事と家庭のバランスを取れるような道を探っていきたい。

 

ABOUT ME
たんぺい
ぐんま在住。30代。 「日常をちょっとだけ楽しむ」をモットーにブログを書いています。 ブログのメインテーマ:ぐんま、雑記、発達障害、サウナなど

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