発達障害

ADHDは自分を否定されることに敏感? RSDという概念があるらしい

インターネットをさまよっていたら、ADHDについて目をひく情報があった。

それは、ADHDは自分を否定されることに敏感であるということ。

ほぼ英語の情報しかないが、RSD(Rejection Sensitive Dysphoria)というらしい。

HSP・APD・カサンドラ症候群と同じく、精神医学で証明されているわけではないので、注意は必要だ。

ただ、アメリカのADHDのメディアサイトやTwitterを見ていると、RSDに心当たりがあるという人は多く、

「もしかしたら自分にも当てはまるかもしれない」

「もし当てはまるなら自分の苦しさを理解する手助けになるかもしれない」

と思ったので、RSDについて調べてみた。

個人的には、「結構、当てはまるなあ」という感じです。

RSD(拒絶敏感不快症)の症状とは

アメリカのADHD支援団体であるCHADDのサイト、CHADDに引用されているサイト、また別のメディアによると。

RSDとは、ADHDを持っている人が自分を否定されたと感じたとき、言葉では言い表せられないほど深く傷ついてしまい、なにも考えられなくなったり、めちゃくちゃ怒ったり、批難したり、悲しくなったりすること、らしい。

たしかに、「ADHDは、否定の言葉、表情、声のトーン、その場の空気を敏感に感じとってしまう」ということは、わかる気がする。

相手からの言葉をつい否定的に大きく捉えてしまうことは、自分にもよくある。

相手はまったく気にしていなくても、相手の言葉のトーン、会話の間、なにげない言葉を自分で大きく否定的に捉えてしまって、

「怒らせてしまった。自分はどうしようもない」、

「なに怒ってるんだ。なんなんだ、アイツは!!」

と感じることは、これまでの人生で何度もある。

例えば、親から純粋な質問として投げかけれた「宿題やったの?」という言葉や、仕事で「これ、いつまでにする?」という言葉。

必要以上に、落ち込んでしまう、もしくは「いちいち怒ってくるなよ」と怒りの感情が込み上げてくることは日常的にある。

この否定のことばに対しての敏感さは、ADHDは子どもの時から注意されたり、怒られたりることが多いことからきているという説がある。

ADHDを持っている子どもは12歳までに健常者の2万回以上、注意される。その結果、自己肯定感が低くなり、まわりの反応に敏感になる。

これも子どもの自分を振り返ると、納得できる。

僕の場合、怒られてばっかりいたのと、周りと違うことでからかわれること、空気を読めなくてみんなの輪に入れなかったことも多かった。

「自分は自分の普通を楽しく生きているだけなのに、なんで受け入れないんだ、四の五の言われないといけないんだ」

という気持ちが常にあったのと、

「みんなの中に入りたい」

という気持ちから、まわりの空気を読むように気をつけて、普通のように振る舞おうとしていた時期があった。

変なことを言ったら、空気を察知して、次回は変なことを言わないようにする。こんなことを意識していたのをよく覚えている。

ここからは完全に主観の話なのだけど、ADHDの人は、自分が冷静な状況では、空気を読み取る、いや、その場に過集中して話し相手の意図を探ることは得意なんだと思う。

もちろんASD併発や育ってきた環境にもよるので、一概には言えないし、空気を読んだからといって、適切に行動できるかは別なのだけど。

例えば、ADHD傾向のある僕の子どもの場合。

4歳なのに、人のよろこび、自分を否定する空気にすごい敏感だ。

自分や妻がよろこぶと嬉しそうにしているし、ちょっと注意するのにどう言おうかな悩んでいると、これから注意されるのが分かるような表情をする。

保育園の人にも、「相手がどういう感情を持っているかはわかるんですけどねえ……(でも集団行動はできない)」ということも言われる。

例えば、診断は受けていないけど、ADHD傾向のある僕の父の場合。

自他の境界も曖昧だし、デリカシーのないことしか言わないが、長いこと営業をやっていただけあって、冷静な場面では、相手の感情を読み取る事はうまい。

ただ、人に対して配慮した行動は取れない。

自分のことを振り返ると、相手のよろこび、怒りというのは感じやすい。

僕は、見る力が弱くて、相手の表情を読み取るのが下手だけど、よろこんでいるか、おこっているかは何となく空気の張り詰め方で分かることが多い。(もちろん分からないこともある)

これは、ADHDは、話し相手に集中してしまうから、相手の感情からくる空気感みたいなのに敏感になってしまうのではないかと思う。狩猟民族が、狩りに集中するようなイメージ。

そして自分の行動を促すために、その空気を拡大解釈してしまう。

まあ、これらは、いち当事者の与太話にしかすぎない。

まとめ

RSDという考え方は、日本ではまだまともに紹介されていないし、そもそも医学的に証明されている概念ではない。

ADHDは前頭葉でうまく働いていない部分があり、感情を適切に処理できないと言ってしまえば早いのだけど、RSDという言葉のフレームができることで、感情の浮き沈みという困りごとの原因にフォーカスしやすくなるというメリットはある。

(HSPのように自分のことをポジティブ解釈しすぎるのはどうかと思うので、注意は必要。)

僕の場合、相手のことばを拡大解釈して、変な感情が起きることいがあるので、もっと自分と相手を客観視できるようにしていきたい。

研究が進んで、RSDが信用できる概念なのかどうか判断できるようになればいいな。

ABOUT ME
たんぺい
ぐんま在住。30代。 「日常をちょっとだけ楽しむ」をモットーにブログを書いています。 ブログのメインテーマ:ぐんま、雑記、発達障害、サウナなど

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